制作期間は7年超!作画枚数4万枚!“常識破り”のアニメ映画『音楽』の壮絶な舞台裏

引用元:Movie Walker
制作期間は7年超!作画枚数4万枚!“常識破り”のアニメ映画『音楽』の壮絶な舞台裏

制作期間7年と5か月15日、作画枚数4万枚以上…これらの数字を見ただけでもただごとではないことが伝わるだろう。現在公開中のアニメーション映画『音楽』だ。型破りな作品として話題沸騰中の本作を、その制作に一時期携わっていた筆者が知る現場の様子を交えつつ紹介していきたい。

【写真を見る】フェスシーンのために実際にフェスを開催!現場はトラブル続きだった?

■ 通常のアニメ制作よりはるかに手間がかかる“ロトスコープ”を採用!

映像化不可能と言われた大橋裕之の漫画を原作とする『音楽』。物語は、地方都市に暮らす不良3人組が思いつきからバンドを組み、成り行きで地元のフェスに出場することになるといういたってシンプルなもの。71分間にわたり、独特の雰囲気を帯びた映像が、数々のオリジナル楽曲と共にスクリーンに映しだされていく。

現在のアニメーション制作はデジタルが主流だが、本作はすべて“手描き”。しかも岩井澤健治監督ほか極少人数のスタッフの手でこつこつと描かれている。そして本作の何よりの特徴で、7年間という莫大な時間を要する理由となったのが、実写で撮った映像を1コマずつトレースして作画する“ロトスコープ”という手法だ。

このロトスコープはとにかく手間がかかる。なによりもまず撮影を行わないと話が進まない。そして『音楽』の場合は、すべてが手描きなので、その撮影した素材(静止画にし、背景を消したもの)を紙に出力して、それをトレース。さらに出来上がった絵を1枚1枚スキャンしてパソコンに取り込み、つなげてアニメーションにし…と気の遠くなるような工程を踏む。つまり通常のアニメよりはるかに手間がかかっているのだ。

筆者は絵を描くことができないのでPC周りの作業を主に手伝い、時にはロトスコープの素材用に小金井の街の中を走らされるということもあった。そういった中で地味に辛かったものが一つある。それはトレースの際に素材が印刷された紙とトレース用の紙がズレないようにするためのパンチ穴を両方の紙に何百、何千とひたすら開けていく…という絵を描く前の下準備の作業だ。

さらにさかのぼると、このトレース用の紙がなかなかインターネットでは買えず、限られたスーパーでしか売っていない特殊なものを使っていたので、小金井市内の監督の自宅兼作業場から調布駅近くのスーパーまで片道7キロほどの距離を監督の自転車を借りて、リュックとカゴを何十セットも買い占めた紙でパンパンにしながら往復するなど、絵を描く段階にいたるまでにも地味な労力が費やされているのだ。

■ クライマックスシーンのために1からフェスをDIY!

そんな手間と費用がかかるゆえに、ロトスコープの手法をとることは珍しいのだが、その分、人物の細やかな動きを精密に見せることに長けている。本作では全編にわたってロトスコープが用いられているが、なかでもその利点が映像に活かされているのが映画のクライマックスのフェスのシーンだ。

ロトスコープで作られているということはつまり、このフェスシーンも実写で一度撮影されているということ。なんと本作では実際に入場フリーのフェスを手作りし、ミュージシャンをブッキングして撮影が行なわれている!もともとはフェスを開いた前年に愛知で行われるフェスに参加して撮影する予定だったのだが、台風の影響でフェス自体がおじゃんに。ならばと監督の意向でフェスを開催してしまったのだ。

深谷フィルムコミッションと地元の建設会社の協力のもと、足場となる建材や必要な機材をピックアップするところから、整備されておらず大きな石や枝などが散乱した会場をならし、ステージを組み立て、最寄駅から会場まで観客の送迎車を出し…と全てがDIYで行われている。

当日と前後3日間で準備から片付けまでが行われたこのフェスの撮影にも筆者は参加しているのだが、時間がないにもかかわらずとにかくハプニング続き。前日の雨によってぬかるんでいた地面のせいで、機材を積んだハイエースと建材を乗せたトラックが足を取られ、土地を借りていた建設会社の方にユンボ(パワーショベル)で牽引してもらったり、そんなこんなで日の出ているうちに地面の水平が取れず、前日にはステージを組む作業まで進むことがことができなかったり…。

また筆者は前日の夜に深谷から一度、東京に戻り、翌日の早朝に必要な機材とスタッフをピックアップし会場に向かったのだが、会場についてみると全然ステージが組み上がっていなかったことに驚愕したことを覚えている。フェスは14時開始だったのに、お客さんが集まり出してからもまだ作業しており、会場はソワソワ状態。様々な人の手を借り、開始時刻直前になんとか作業が終わり無事フェスがスタート。話を聞くと深谷に残った人たちは当日朝4時から作業を行なっていたそう。とにかくギリギリの状態だったのだ。

そんな数々の苦労の末に行われたフェスのシーンでは、ドローンを含む10台近くのカメラで撮影を敢行。その結果、髪の毛1本1本まで精緻に描かれたキャラクターたちのステージ上でのリアルな動きはもちろん、会場の熱量や観客それぞれの型にとらわれない音を楽しむ動きなど、ロトスコープの良さが最大限に引き出されたダイナミックな映像となっている。

7年以上という年月の中、幾度となく困難にぶち当たりながらも、岩井澤監督の熱意とこだわりによって完成に至った『音楽』。そんな情熱に引き寄せられたかのように坂本慎太郎、竹中直人、岡村靖幸、前野朋哉ら声優陣に、主題歌を書き下ろしたドレスコーズをはじめとする参加ミュージシャンたちなど自主制作映画とは思えない豪華キャスト、スタッフたちが参加。さらに第43回オタワ国際アニメーション映画祭の長編コンペティション部門でグランプリを受賞し、この公開初日を含む3連休の武蔵野館での上映が3日目のレイト以外全回満席と反響もすごいことになっている。果たして“型破りな映画”は、型破りなブームも巻き起こすことができるのだろうか?その動向にも注目してみてほしい。(Movie Walker・文/武藤龍太郎)