aikoの無料配信ライヴに垣間見たライヴアーティストの決意

引用元:OKMusic
aikoの無料配信ライヴに垣間見たライヴアーティストの決意

新型コロナウイルスによる災禍がエンタメ業界を直撃している中、3月7日と8日に予定されていたaikoの全国ツアー『Love Like Rock vol.9』Zepp Tokyo公演も延期を余儀なくされた。本公演はツアーファイナルであったわけで、延期は断腸の思いであったことは察するに余りある。

そんなaikoが本来、全国ツアーの千秋楽であったはずの3月8日、観客を入れない状態でのZepp Tokyoで特別ライヴ『Love Like Rock vol.9~別枠ちゃん~』を開催。その模様をYouTubeで生配信し、約13万人がリアルタイムで視聴したという。自分はリアルタイムで拝見することができなかったのだが、3月15日23時59分まで期間限定で公開されていると聞いて慌てて観ることにした。

1時間強。正確に言えば1時間14分5秒の動画。そのタイムからしても、ツアー本編のダイジェストか、もしくは搔い摘んだかたちでのパフォーマンスで、いずれにしても、この日、来場が叶わなかったファンに向けたサービスという側面が強いのだろうと勝手に想像していた。だが、これがそうではなかった。もちろん正規のライヴよりも曲数は少なく、時間は短いし、無料配信なのだからサービスはサービスなのだろう。しかし、これは絶対に間に合わせなんかではない。今やるべきこと、やらなくてはいけないことを必死に模索した末の大英断だったようにしか思えない。

最後の曲、M12「さよなランド」の前にaikoはこう言っていた。
“みんなとちょっとでも楽しい時間を、一個でも、愉快に過ごせていけますように。笑っていこうね、みんなで。しょうもないこといっぱい言って笑いましょう”
実際、M8「ストロー」の前に、“(普段は)オッパイとかチ○コとか言ってるんですけど”とか、“オッパイとかチ○コモードで行きましょうよ”とか、本当にしょうもないことを言っていた。それを聞いたバンドのメンバーも苦笑いしていたように観えた。こちらも思わず“チ○コモードって何だよ!?”とモニターに向かってツッコミを入れてしまったが、aiko自身、そんなことを言いながら、誰もいない会場の中で無理やりにでもテンションを上げているような印象であった。

奇しくも9年前のこの時期に起こった大震災発生時がそうであったように、今、日本全土を相当な閉塞感が覆っている。ただ、大震災の時とは少しばかり状況が異なる。あの時は何十万人もが避難を余儀なくされて、その生活が失われた状況であり、物理的にイベントが開催できないような状態がしばらく続いた。

この新型コロナ禍においては、ウイルスに感染している方が増えつつあり、亡くなった方もいらっしゃって、その方々には大変お気の毒と言う他ないけれども、物理的にイベントがまったくできない状況かと言ったら、そんなことはないと思う(亡くなった方のご遺族にとって不謹慎な言い方に聞こえるかもしれません。そうならば謝罪いたします)。会場がないわけでもないし、携わる人がいないわけでもない。大相撲は無観客で春場所を開催している。

今日のイベントの自粛は、厳密に言えば、自粛ではない。これ以上の感染防止を考えた政府がそう要請しているので…というのが正直なところであって、多くの人たちは自ら進んで事を謹んでいるわけではなかろう。その惨状を目の当たりにした各々が“これは今やるべきではない”と判断できた大震災発生時のそれとは大分事情が違う。言葉を選ばずに言えば、中止や延期を納得するしかないというのが偽らざるところではないかと思う。ウイルスはそもそも目に見えものないだけに何が起こっているのか実感できないし、当然いつ終息するのかも我々にはまったく想像することができない。漠とした不安感に苛まれているのである。

その不安が完全に払拭されるのは誰か偉い人が終息を宣言してくれる以外に方法はないのかもしれないけれど、それまでずっと塞ぎ込んでいることもできない。いつ来るか分からないものを待ち続けるのは相当につらい。辛抱し続けることでかかるストレスもかなりのものだろう。こんな時は無理してでも笑わなきゃいけないし、大笑いできなかったとしても、少なくとも笑顔にならなきゃいけない。歌やエンターテインメントにはそうさせる力がある。震災時の避難所への慰問にそういう効果効用があったことを我々は知っているはずだ。今回のaikoのライヴ配信はそういうことであったと思う。彼女のファンのみならず、日本全国、いや、全世界の人たちに向けてエンターテインメントの力を示そうとする行為なのだ。

オープニングはミドルテンポのM1「恋をしたのは」。本来であれば、しっとりした…と表現すべきかもしれないが、この状況を考えると、物悲しい雰囲気、あるいな若干危険な空気を孕んでいるような感じだ。赤で統一されたライティングがそれに拍車を掛けているようでもある。演奏が終わったあと、当然のことながら拍手がないわけで、これもまた寂しさを助長するようでもあった。しかしながら、以後はその空気が一変。M2「あたしの向こう」とM3「二人」とのアップチューンの連続は、M1からのギャップがいい風に作用したのだろう。観ているこちらの気持ちも自然と高揚していく。この辺はライヴアーティストとして百戦錬磨、その確かな手腕の成せる業であろう。

続く、“Radio Darlings”名義での発表されたaiko作詞作曲のナンバー、M4「メロンソーダ」もポップで聴く人に元気を与えてくれるようなナンバー。M5「オレンジな満月」も食い気味なリズムが楽曲全体をグイグイと引っ張っていくので、観ているこちらを前のめりにさせてくれる。M6「カブトムシ」は今回のツアーでは披露していなかったそうだが、aikoの代表曲として、不特定多数が観ている今回のようなケースでは欠かせないチョイスではあったと思う。最新シングルであるM7「青空」も同様。最も新しいaikoのスタイルを見てもらうこともまた自然なことではあろう。ファンキーでソウルフル。本能を刺激するメロディーとビートが心地良い。

後半のM8「ストロー」、M9「beat」、M10「赤いランプ」というアップチューン3連発は、ツアータイトルにもある“Love Like Rock”をまさしく地でいくようなテンション。問答無用に畳み掛けていく。この期に及んで“たられば”は禁句であることは承知で言うが、“スタンディングの会場だけに観客がいたらものすごいことになるんだろうな”と、その盛り上がり確信せざるを得ない熱演であった。

フィナーレはM12「さよなランド」。今回のような特別なケースでの締め括りだけに選曲も難しかった気がするが、アゲアゲでもなく、しんみりでもない終わらせ方でとても良かった。《笑って泣いて さよなら 思い出して じゃあまたね/笑って泣いて さよなら いつの日か じゃあまたね》という歌詞がこの状況下にハマっていたようにも思う。中盤のMCでaikoは“延期した日にちにどうしてもスケジュールが合わない人もいると思うんで、それを考えるとめちゃモヤモヤするんですけど、でも必ずまた会える日があることを願っています”と言っていたが、そういうことだろう。今回はライヴが延期で会えなくなったが、この状態がいつまでも続くわけはない。前向きな意味での《じゃあまたね》なのである。この日の最後に演奏する楽曲としては相応しかった。

M12「さよなランド」においては、それまで映されることがなかった観客席も画面に露わになるのだが、これがなかなか感動的な光景である。ぜひその目で確かめてほしいのでここでは詳しくを語らないけれども、ライヴコンサートは演者だけでなく、スタッフの力があって作り上げられているという当たり前のことを実感させられるし、確かにそこに観客はいないのだけども、無観客というのは無機質と同義ではないことを示している。

このライヴ動画は、3月15日23時59分までの期間限定公開。みられる期間はあとわずかしかない。歌、ロック、ライヴ、エンターテインメントを愛する人たちすべてに見てほしい。aikoの決意はモニターを通してでも、必ず伝わるはずである。

text by 帆苅智之

【セットリスト】
1. 恋をしたのは
2. あたしの向こう
3. 二人
4. メロンソーダ
5. オレンジな満月
6. カブトムシ
7. 青空
8. ストロー
9. beat
10. 赤いランプ
11. Loveletter
12. さよなランド OKMusic編集部